Home / 恋愛 / Love Potion / 魔法のカクテル 1

Share

魔法のカクテル 1

Author: 煉彩
last update Last Updated: 2025-08-21 21:40:51

 私、九条美月くじょうみつきは、周りの人間から見ると幸せで羨ましいと疎まれる環境で生活をしている。

 私は専業主婦で、夫である九条孝介くじょうこうすけは三つ年上の三十一歳。

 次期、大手電気メーカーの社長に就任予定だ。

 なぜその若さで何千人もの社員がいる企業の社長になれるのか。

 それは簡単な理由で、夫の父親が現在の社長だからだ。

 付き合った当初は<親の敷いたレールだから。自分じゃ何も出来ていないから恥ずかしいよ>なんて謙遜したことを言っていたけれど。

 今では、その親の敷いたレールを上手く利用して、何不自由ない生活を送っている。

 結婚してニ年が過ぎ<そろそろ孫の顔が見たい……>なんて姑に会うたびにせがまれる。だけど「子どもができる」そんな気配は全くない。

 それは既に私たちが仮面夫婦だから。

「今日から二泊三日の出張に行ってくる。ご飯はこれで食べて」

 玄関先まで見送った時、唐突に孝介から言われた。

「えっ、今日から?急だね」

 昨日帰ってきた時は何も言っていなかったのに。

 そしてご飯代として渡されたお金が千円札一枚だった。

「忙しいんだよ。帰ってくるのも遅くなるから。三日後の夕ご飯もいらない」

 三日間、朝昼晩の食事を千円で過ごせと言うの。

 自分は出張という名の接待か何かで、豪遊してくるくせに。

 金銭管理は孝介が全て行っている。

 冷蔵庫もほとんど何も入っていない。

 それは食材については、孝介が雇った家政婦さんが全て管理しているからだ。

 千円でも贅沢ができるかもしれない。

 けれど、孝介は贅沢しているクセに、思いやりが全く感じられない金額に心の中で苛立ちを覚えた。

「三日分の洋服とかは?大丈夫なの?」

 二泊三日の出張であるのに、荷物が少ない。

 彼は、薄めのビジネスバッグ一つしか持っていなかった。

「ああ。母さんに用意してもらってる。出張前、父さんに挨拶してから行くから。そのついでに荷物を持って行くつもり」

 実家に帰らなくても、孝介の着替えはたくさんあるのに。キャリーバッグだって。

 自分で準備をするのが面倒だったら、私に言ってくれれば良いのに。

 わざわざ実家に寄って行くって、出張がお義父さんと一緒ならわかるけど……。

 不自然な感覚を覚えながらも、追究はしなかった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • Love Potion   魔法のカクテル 6

    「滝沢さん、今日は仕事終わりに寄っただけだから。オーナーとか呼ばなくて良いよ。プライベートで来ているようなものだし。あっ、いつものカクテルお願いします」「かしこまりました」 やっぱり、この人、ここのオーナーさんなんだ。 オーナーと呼ばれている彼をしっかりと見てしまった。自然と目が合う。  あっ、なんか気まずい。 自分から彼を見ておいて申し訳ないと思いながら、目を逸らす。 私、結婚指輪をしてるし、一人でお酒を飲みに来ている寂しい女だと思われたんだろうな。   平然を装い、カクテルを一口飲む。 やっぱり美味しい、私の好きな味だ。 勇気を出してお店に来て良かった。 今度はいつ来れるんだろう。 もうここに来ることはできないのかな。 現実を思い出し、急に悲しくなった。 その時――。「すみません。隣、良いですか?」「えっ」  オーナーさんが声をかけてくれた。 どうしよう。  一瞬悩んだが「はい。どうぞ」 別に悪いことをしているわけではない。 オーナーさんの顔をしっかり見ることができなくて、ペコっと頭を下げる。「良かった。ありがとうございます」「加賀宮さん、お待たせいたしました」「ありがとう」 加賀宮さんって名前なんだ。 滝沢さんと呼ばれたバーテンダーさんが加賀宮さんにカクテルを持ってきてくれた。 どうしよう。 こっちから話せば良いの? でもそれじゃあ、ナンパしてくださいって言ってるようなものだし……。 身体を硬直させていると「このお店は初めてなんですか?」 加賀宮さんから話を振ってくれた。「あっ。はい。初めてです。前から来てみたいと思っていて、なかなか機会がなかったんですけど、今日寄ることができました。私のイメージに合ったカクテルを作ってもらったんですけど、とても美味しくて。お店の雰囲気も落ち着いているから、居心地が良くて。またいつか来たいです」「そうですか」 彼は良かったという風に笑った。 あれ? なんか笑うと可愛い。 彼の一瞬の微笑みに緊張が解け、身体の力が抜けた。「失礼ですが、ご結婚されているんですか?」 彼は私の左手の薬指に視線を合わせた。「あっ。はい。結婚しています」「そうなんですね。こんな綺麗な女性が毎日帰りを待っていてくれると思うと、旦那さんが羨ましいです」 ええっ!

  • Love Potion   魔法のカクテル 5

     二階までの階段を登り、少し重い扉を開く。「いらっしゃいませ」 思ったより店内は狭かった。お客さんも数人しかいない。 まだこの時間だからかな。 時計を見ると、二十一時を過ぎたところだった。「お好きなカウンター席へどうぞ」 バーテンダーさんに声をかけられ、カウンター席へ座る。 メニューはどんな感じなんだろう。 まじまじとメニュー表を見ていると――。「来店されるのは、はじめてですか?」 私より年上、四十代くらいかな。 柔らかそうな雰囲気のバーテンダーさんが話しかけてくれた。「はい。はじめてです」 やっぱり、常連のお客さんとかが多いから、すぐわかるのかな。「もしよろしければ、お客様の雰囲気に合ったおススメのカクテルをお作りいたしますが?」 えっ?嬉しい!私の雰囲気って、どんなイメージなんだろう。 あっ、でもすごく高かったりしないよね。 久し振りだから、アルコールの量は少な目にしてほしいな。  喜びと同時に不安も襲った。「えっと……」 私が返答に困っているのを見かねてか「はじめてのお客様は、一杯目はサービスをさせていただきます。うちのオーナーからのプレゼントということで。お味にご希望があれば、お気軽におっしゃってください」 この人がオーナーさんではないんだ。 他のバーテンダーさんと見比べて、一番年齢が高いから勝手にそう思ってしまった。 オーナーさんは別にいるのかな。「ありがとうございます。こういうところ、はじめてで……。緊張してしまってすみません。味はお任せしますが、アルコールの量を少な目にお願いしたいです」「かしこまりました。少々お待ちください」 ニコッと微笑んで、お酒を作り始めてくれた。 わくわくしながら待っていた。 私のイメージ、どう見えているんだろう。「お待たせいたしました」 カクテルグラスが目の前にスッと置かれる。「わぁ!綺麗!」 濃青って言うのかな。 青よりももっと深い色。瑠璃色ともとれるけれど……。「私のイメージって青なんですか?」 「はい。私はそう見えました」 青というよりは、青に紫を混ぜたような深い色。 私の着ている服が紫だから?単純すぎるか。「いただきます」 一口飲む。「美味しい!」 アルコールを少なくしてくれているからか、ちょっとだけ甘くて、飲みやすい。カシスの味

  • Love Potion   魔法のカクテル 4

    「よしッ」 私は自分の洋服がしまってあるクローゼットの扉を開け、さらに奥にあるカラーボックスの中から通帳を出した。 このお金は、私が働いていた時の定期積立金。 主要な通帳は孝介に没収されたが、こっちの通帳は今もバレていない。 夫婦の財産は共有だって言われた時は納得したけど、自分の通帳は見せないクセに、私のだけよこせっておかしな話だと思ったから。 今でもこっそり隠している。 ただ、その貯金も多くはない。 お金を孝介に管理されているため、私個人のお金は増えることなく減っていく一方だ。 今日は孝介が帰ってこない。 このお金を使って気分転換にご飯を食べに行こう。 この時、小さな罪悪感みたいなモノが生まれた。 一人でご飯を食べに行くことくらい、悪いことではないよね? 自分のお金なんだし。 昼ご飯は何も食べずに、家の隅々まで掃除をした。 夕方になり、お気に入りの淡いパープル色のワンピースを着て、家を出た。   何を食べに行こう? 時間は十分あったのに、決まっていなかった。 とりあえず電車に乗って、新宿にでも行こうかな。 あっ、この間テレビで特集していた和食屋さんなんか良いかも。 お魚が食べたい気がする。  場所なら記憶していた。昔勤めていた会社の近くだったから。 新宿駅に着き、目的のお店を目指し歩いていた。 人、多いな。みんなこれから帰るところなんだ。 帰宅ラッシュで駅構内は混んでいた。  私もちょっと前まではこうやって働いていたのに。 自分と同じような歳の女性を見かけ、ふとそう思った。 目的地まで着いたけど、並んでいて、待っている人いる。 せっかくの機会、待つことにした。 しばらく待っていると、順番が来たため店内に入った。 店内は賑わっている。 ガヤガヤしていて……。 一人でゆっくり食べられる雰囲気ではないな。酔っている人も多い。 注文した料理を黙々と食べ、退店した。 美味しかったけど、もっと落ち着いて食べたかった。 そう思いながら歩いていると、思い出したことがあった。 働いていた時に、一度は行ってみたかったBARがある。 大人になって、そのお店の雰囲気に合った女性になれたら入ろうと思っていた。 その時と何も成長していないかもしれないけれど。 今でもそのお店ってあるのかな。 フラッと誘われるよ

  • Love Potion   魔法のカクテル 3

    「とりあえず、洗濯して、掃除して。三日間のメニューを考えよう」 誰もいない部屋で呟く。 一通り終わらせ、冷蔵庫の中を見る。 やっぱり何も入っていない。 孝介の指示で、作り置きをしないこと、食材などもできるだけ使い切ってほしいと家政婦さんにお願いをしている。子どもの頃、食中毒にあって具合が悪くなったことがトラウマらしい。「調味料と……。飲み物しかないや。あとお米……」 買い物に行こうと出かける準備をしていた時だった。「誰だろう?」  私のスマートフォンが鳴った。 着信相手を見ると、姑からだった。また何か言われるのかな。 嫌な予感満載で電話に出る。「もしもし?」<もしもし?美月さん>「はい」<昨日、孝介宛てに手紙が届いたのよ。そんなに重要な手紙じゃないと思うんだけど。もしも大切な内容だったら困るから、取りに来てくれる?どうせ家にいるんでしょ> 最後の言葉にイラっとしてしまったが、今日、孝介は実家に寄ると言っていた。その時に渡せば良かったのに。「あの。今日孝介さん、そちらに行ってないんですか?朝、着替えとか……。荷物を取りに寄るって言ってたんですけど」<来てないわよ。確か……。今日から出張でしょ?着替えなんて、なんでこっちに取りに来る必要があるのよ。あなたが用意すれば良いことじゃない。孝介のスケジュールもわかっていないの?> 出張であることには間違いがないんだ。「すみません。わかりました。孝介さんに連絡してみます」 朝、事故とかに巻き込まれてないよね。<結構よ。私がやっぱり連絡してみるから> その後、ツーツーと急に電話を切られた。「やっぱり苦手」 性格がキツイところとか、孝介、お母さんに似たのかな。 買い物、どうしよう。 ここでしばらく待機していた方が良いのかな。 孝介の実家に行くなら、スーパーとは逆方向で電車に乗らなきゃだし。  カバンを置いて、ポスっとソファーに座った時だった。 もう一度電話が鳴った。また義母だ。「はい?」<美月さん。孝介と連絡が取れたんだけど。今日こっちに来るなんてそんなこと言っていないって言ってたわよ。美月さん、私にウソをついたでしょ。専業主婦であるにも関わらず、美月が用意していなかったら出張先で買い揃えるって言ってたわ。可哀想に。どうしてそんなに気遣いができないの?> えっ、何

  • Love Potion   魔法のカクテル 2

     結婚する前はあんなに優しかった孝介。 結婚してから数カ月で変わってしまった。 というか、もともとこんな性格だったのかもしれない。 思い通りにいかないと怒りっぽいし、自分が一番みたいなところがあることを結婚後に知った。「わかりました。気を付けて。行ってらっしゃい。お義父さんやお義母さんにもよろしくお伝えください」 私の声かけには全く反応なし。無言でドアを締められた。 いつまで続くんだろう、この生活。  孝介が出かけた後、洗濯をして、掃除をする。 孝介が帰ってくる時は、家政婦さんを雇っている。「私がやるよ?専業主婦だし」 結婚当初、そう彼に伝えても「いいよ。ずっとお世話になっている家政婦さんだから。美月がこの家に馴染めるまで、彼女にやってもらう」 言い切られてしまった。 孝介がいない時は家政婦さんも来ないから、家事全般は自分でやるしかない。やるしかない、というか、家事ができて嬉しい。  本当は料理を作るのが好きだし、洗濯や掃除も小さい頃から手伝っていたせいか、苦だと感じたことはない。 洗濯をしようと、昨日孝介が着ていたワイシャツを手にする。 あれっ?なにこのキツイ匂い。香水の匂いがする。 はぁと溜め息をつき、私はスーツのポケットに手を入れた。「やっぱり……」 思わず口に出してしまったのは、キャバクラの名刺が出てきたからだ。  これは一度や二度ではない。 だから、ワイシャツの匂いが違った時点で予測できた。 新婚の頃も同じように名刺が出てきて……。  孝介に詰め寄ったら「男は付き合いで行かなきゃいけない時があるんだよ。理解しろよ」 そう怒鳴られた。 今更驚かないけど、こんなに頻繁に行くんだ。 何万円もするお酒を飲んで、綺麗な女の子と楽しくお話をして、チヤホヤされて……。 気分転換って言うのかな。羨ましいよ。 私だってたまには外食くらいしたい。  孝介と結婚してから、理想の妻になるべくいろんなことを制限された。  五枚ほどあったキャバクラの名刺を握りつぶし、ゴミ箱へ捨てた。

  • Love Potion   魔法のカクテル 1

     私、九条美月は、周りの人間から見ると幸せで羨ましいと疎まれる環境で生活をしている。 私は専業主婦で、夫である九条孝介は三つ年上の三十一歳。 次期、大手電気メーカーの社長に就任予定だ。  なぜその若さで何千人もの社員がいる企業の社長になれるのか。 それは簡単な理由で、夫の父親が現在の社長だからだ。 付き合った当初は<親の敷いたレールだから。自分じゃ何も出来ていないから恥ずかしいよ>なんて謙遜したことを言っていたけれど。 今では、その親の敷いたレールを上手く利用して、何不自由ない生活を送っている。 結婚してニ年が過ぎ<そろそろ孫の顔が見たい……>なんて姑に会うたびにせがまれる。だけど「子どもができる」そんな気配は全くない。 それは既に私たちが仮面夫婦だから。「今日から二泊三日の出張に行ってくる。ご飯はこれで食べて」 玄関先まで見送った時、唐突に孝介から言われた。「えっ、今日から?急だね」 昨日帰ってきた時は何も言っていなかったのに。 そしてご飯代として渡されたお金が千円札一枚だった。「忙しいんだよ。帰ってくるのも遅くなるから。三日後の夕ご飯もいらない」 三日間、朝昼晩の食事を千円で過ごせと言うの。 自分は出張という名の接待か何かで、豪遊してくるくせに。  金銭管理は孝介が全て行っている。 冷蔵庫もほとんど何も入っていない。 それは食材については、孝介が雇った家政婦さんが全て管理しているからだ。     千円でも贅沢ができるかもしれない。 けれど、孝介は贅沢しているクセに、思いやりが全く感じられない金額に心の中で苛立ちを覚えた。「三日分の洋服とかは?大丈夫なの?」 二泊三日の出張であるのに、荷物が少ない。 彼は、薄めのビジネスバッグ一つしか持っていなかった。「ああ。母さんに用意してもらってる。出張前、父さんに挨拶してから行くから。そのついでに荷物を持って行くつもり」  実家に帰らなくても、孝介の着替えはたくさんあるのに。キャリーバッグだって。 自分で準備をするのが面倒だったら、私に言ってくれれば良いのに。 わざわざ実家に寄って行くって、出張がお義父さんと一緒ならわかるけど……。  不自然な感覚を覚えながらも、追究はしなかった。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status